読書ダイアリー

【この本こんな風に読んでみました】和の国の神さま

手にすると、さらさらとカバーの和紙のような質感とのふれあいが掌に優しく、読んでいる時も、カバーが掌にとても心地の良いです。

ふわりとしたやさしい桃色と、きらきらと金色、銀色。佇まいが、美しい本です

著者の桜井識子さんの本は初めて出版された時から出版される毎に拝読しています。

今回は、そのなかでも特別な印象を受けました。

本を包むカバーが掌の中でふれあう、その感覚がとても好きでした。

日頃、わたしは本にカバーをして読んでいて、時には電子書籍も時々読んでいます。

でもこの本に接して、本とは時にこうして、掌でふれあいながら読んでいくものなのかもしれないと、本とのかかわり方を再認識しました。

子どもの頃に、大好きな本を丁寧にあつかっていた自分のしぐさを思い出したり、掌や指先で、言葉では言い表せない、本とのふれあいを思い出しました。手ざわりは、心証と同じようなもの、考えを越えたものです。

「感じる」ということ

桜井識子さんの本を紹介したい理由は、いろいろ、あります、でも。一番の理由は、わたしにとって、特別なめぐりあわせを感じた方だからです。

特別という表現をしたのは、わたしも桜井さんのように、子どもの頃から「感じる」ということについて、多分一般的な人とは異なる性質と向き合ってきました。

「感じる」ということは普通の感じるではありません。

辞書的にいうと、『第六感』とか『超感覚的知覚』のことです。

第六感、そのままの言葉通り『シックスセンス(1999年米国)』という映画もあり、世間的には別段、特別なことではないと思っている人も多いですが、しかし、そのシックスセンスを持っている人があなたの目の前のわたしです、ということになると、果たして、皆、どのようにその人と接するのでしょうか。

もちろん、シックスセンスとは幽霊が見えて襲ってくるなどのオカルト世界だけで活かされるものではありません。

シックスセンスで、妖精や魔法使いのような存在とも話せることもあります。

実際、わたしは子どもの頃、妖精や魔法使いとお話ししていました。

部屋の中で、よくお昼寝の時間の前に接していたは妖精です。そして、困ったときや悲しい時、元気づけていてくれていたのは、ベランダにいる魔法使いです。

桜井さんもご自身のブログで、早い時期にこの感覚についてを言及されています。

題目は『見えない世界』

ご自分が、子どもの頃に幽霊などが見えることが、みんなも同じと思って普段的に話題にして、変なこと言ってる子だと間接的に友人から伝えられたり。大人になってからも職場で桜井さん以外の人が、霊感のある人が自分で『見える人』としてカミングアウトした後、変な人と言われていることを記されていました。

それは、わたしも子どもの頃から体験しているのでよく分かります。

幸いなことに、わたしも大事には至っておりませんが (自分で思っているにすぎませんけど)。

つまり、普通には見えないといわれているものが見える人つながりということです。

和の国の神さまで印象に残ったこと

この『和の国の神さま』は、5章構成になっています。

第1章は、南九州の取材
第2章は、古事記
第3章は、古事記と南九州の深い関係
第4章は、天照大神
第5章は、高波動専門能力アップ講座

それぞれの章で、わたしが印象深いところを記したいと思います。

第1章

第1章は、南九州(宮崎と鹿児島)で、桜井さんがおまいりされた神社のご案内です。

神話の舞台、高千穂です、いいですね。わたしもいつの日か訪れてみたい。

この章では、桜井さんと登山で一緒になった『2人づれのおじさん』との会話が印象的でした。

起こる出来事について、スピリチュアルを意識しないことに、本当のその人らしさが見えてきます。そして、意識しないことにこそ、神仏さまからの采配があらわれるのかもしれません。

神仏さまからの采配は計算では得られないということです。

それは、一般的には『ご利益』と言われているものなのかもしれません。

第2章

第2章では、桜井さんの古事記の解釈が記されています。

古事記は、果たして、日本にとって如何なるものなのか。古事記に対する、新しい解釈について興味深く読みました。

第3章

第3章は、第1章と第2章の深い関わり合いについて記されています。

この章で書かれている、『ナンタラカンタラアエズナントカ』という、呪文みたいな不思議な言葉に、桜井さんのお人柄 ?! が表れているように思い、ほっこしました。

第4章

第4章では、桜井さんが天照大神さまと交信されたことが書かれています。

この章を読んでいて、思い出したことがあります。

わたしは一度、天照大神さまとすれ違った夢を見たことがあります。

その夢はかなり印象的で、ある側面では、桜井さんの天照大神さまとの対話と通じるものを感じました。

わたしの夢の中での天照大神さまの印象は、涙でした。孤独の涙のようなものです。

第5章

そして、第5章。高波動専門霊能力アップ講座です。

この章は、桜井さんの著書とブログを読み続けている方々からのご要望からの章です。

桜井さんのもとには、読者からのたくさんの問い合わせやお手紙が届くそうです。その応答を、ときにブログで、ときには著書で記されます。

こちらでは、とても分かりやすく、『霊能力』の『わかる』ということが説明してあります。

『わかる』ということを、自分の未来にどうつなげていくことができるのか。

より多くの人が自分の『わかる』ことを、信じることができるか、ということは、本質的な自分自身の幸せを考えることにも繋がっています。

わたしが印象に残ったことは、『わかる』ということと、『直観』の違いについての説明です。

わたしは、そこに着目して、感じることを考えたことがなかったので、『直観』というものと、『わかる』ことを自分の中でわけて考えてみる機会を、桜井さんに与えていただきました。

そして、桜井さんは、『わかる』ということを始めていくステップとして、『練習』をしていくということと、他者と自分を比べないことの大切さを書かれています。

『わかる』ということは、決して、難しいことではありません。

霊能力を高めていくことは、誰の暮らしの中でもできることです。

そしてそれは、ひとりひとりが、魂の霊性を高めていくことでもあります。

魂という意識、それ自体を感じている人、感じていない人、それは自由です。

でも、どんな人も今の自分よりも少しでも、向上したいと心の奥底で願っているもの。

『見えない世界』というものも、信じる人、信じない人、さまざまで良いと思います。

しかし、自分が自分のことを『わかる』ということは、自分の『魂』を分かっていくことであり、それは生きていくためには、必要なことです。

この章が、みなさまの『わかる』を始めるための良い機会になるのではないでしょうか。

あとがきにかえて~

この本で最も印象的だったのは、『あとがきにかえて~』の部分です。

題目は、『願掛けの仕方』。

人には、それぞれ、願いというものがあると思います。願いを叶えたい方も多いでしょう、そして、叶ったら嬉しいものです。

願いの掛け方に、人の心の有り様が表れているように思います。

シンプルに、でも、ダイレクトに。

この本に記されている桜井さんの心情と願掛けについて読んだとき、わたしは胸に沁みてくるものがありました。

『私のブログをわかってくれる出版社の人、1人だけでいいです。どうかその方に出会わせて下さい』

桜井さんは、そのシンプルでダイレクトな願掛けが叶いました。

シンプルでダイレクトな願いとは、我を忘れるまでの真実の願いなのでしょう。

 

掌に優しいこの本は、自分の『わかる』ことを自らの魂の幸せにつなぐことを丁寧に伝えてくれています。

自分の掌で自分の感じることを確かめていくことの大切さも。

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理里有楽
理里有楽
小鳥とともに過ごしています。 読んだ本のこと、観たドラマのこと、日々感じたことを少しずつ書き留めていけたらと思います。

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